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横浜地方裁判所 平成元年(ワ)2045号 判決

原告 高橋一衛

右訴訟代理人弁護士 松浦安人

被告 三和交通株式会社

右代表者代表取締役 吉川永一

右訴訟代理人弁護士 木村晋介

同 飯田正剛

主文

一、原告の請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一、請求

被告は、原告に対し、一億五〇〇〇万円及び内金一億円に対する昭和六二年一〇月二九日から、内金五〇〇〇万円に対する昭和六一年一二月一五日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二、事案の概要

本件は、訴外会社に対し一億円の手形債権及び五〇〇〇万円の小切手債権を有する原告が、訴外会社から営業譲渡を受けた被告に対し、主位的には、右営業譲渡が詐害行為に当たるとして取消に代わる損害賠償に基づき、予備的には、被告は、右営業譲渡後訴外会社の商号を続用したとして商法二六条一項に基づき、右手形金及び小切手金の支払を求めた事案である。

一、争いがない事実

1. 原告は、訴外万葉交通株式会社(後記のとおり、旧商号は三和交通株式会社であり、旧々商号は万葉交通株式会社である。以下「訴外会社」という。)に対し、自らが所持する別紙手形目録記載の約束手形に基づき手形金一億円及びその利息の支払を、同じく自らが所持する別紙小切手目録記載の小切手に基づき小切手金五〇〇〇万円及びその利息の支払をそれぞれ求める訴訟を提起し、いずれについても勝訴の確定判決を得ている(これらによって認められた債務を、以下まとめて「本件手形金等の債務」という。)

2. 訴外会社は、昭和三六年以来一般乗用旅客自動車運送事業(所謂タクシー営業。以下「本件営業」という。)を営み、当時その免許台数は三六台であったところ、昭和六二年三月三〇日、被告との間で、本件営業及び右車両を二億五二〇〇万円で被告に譲渡することを合意し(以下「本件営業譲渡契約」という。)、その後、被告は、昭和六三年六月二五日、訴外会社とともに、本件営業を代金二二二七万四九八五円で譲渡譲受したいとして、被告と訴外会社間の、昭和六三年四月二日付で作成された本件営業及び三六台の車両(無線機器付)の譲渡契約書(甲八)を添付のうえ、関東運輸局長に対し、道路運送法(旧三九条)に基づき、本件営業についての譲渡及び譲渡の認可申請(以下「本件認可申請」という。)をし(甲七)、同年一一月一一日、右申請は認可された(乙七。以下「本件認可」という。)。

3. 本件認可申請は、認可の日から三〇日以内に譲渡・譲受をするものとしてなされたものである。

4. かねてより訴外会社の代表取締役であった関谷秀一は、昭和六二年四月二一日、右地位を辞任して平取締役になるとともに経営から手を引き、同日、被告の従業員である小栗照熈(以下「小栗」という。)が訴外会社の代表取締役に就任してその経営を行うようになった。また、訴外会社は、かねてから使用していた「万葉交通株式会社」という商号を、同年一一月四日、被告と同じ「三和交通株式会社」と変更し、更に、これを、昭和六三年一一月一一日、「万葉交通株式会社」に復帰させた。

5. 被告は、昭和六三年一一月二二日、「昭和六三年一一月一一日営業の譲渡を受けたが、譲渡人である訴外会社の債務については責に任じない。」旨の登記を経由したうえ、本件営業を継続している。

6. 本件営業譲渡契約当時、訴外会社は債務超過の状態にあった。

二、当事者の主張

1. 原告

(一)  左記事情に照らせば、本件営業譲渡契約は、訴外会社と被告とが訴外会社の債権者の追及を免れる目的でなしたもので、その手段・方法は極めて不当であると認められ、よって、原告において詐害行為として取り消し得るものであるところ、同契約に対する関東運輸局長の認可は既に行政行為として確定しているため、同契約を詐害行為を原因として取り消すことが不可能であるから、取消しに代えて損害賠償の請求をする。

被告は、本件営業譲渡契約締結後直ちに訴外会社の営業上の収支を全て被告において行うようになりながら、訴外会社の債権者から詐害行為取消訴訟を提起する等の法的措置をとられたり、債権取立行為により営業上の障害が発生したりするのを避けるため、本件営業の譲渡を受け、実際には被告において本件営業を行っていることをひたすら秘匿し、そのために、被告の従業員である小栗を訴外会社の代表者に据えて訴外会社が本件営業を行っているもののように仮装したり、日々のタクシーの売上金を被告の名義では銀行等に預け入れず、更に、各運転手からの売上金の徴収を事務所以外の場所でなしたうえ、これを小栗の個人名義の預金口座に入金したりして債権者らの目を晦まし、もって、債権者らによる差押等を免れた。

(二)  仮にそうでないとしても、本件営業譲渡契約締結後本件認可までの間、被告は、訴外会社から譲り受けた本件営業を、訴外会社の商号を続用して続行したから、商法二六条一項に基づき、訴外会社の営業によって生じた本件手形金等の債務について、被告も弁済する責任がある。

2. 被告

(一)  本件営業譲渡契約は、左記の点に照らせば、訴外会社の責任財産の状態を強化しこそすれ、量的にも質的にもこれを悪化させる行為ではないから、そもそも詐害性がなく、仮に詐害性があったとしても、被告には、通謀的悪意はおろか詐害の認識すらなかったから、原告がこれを詐害行為として取り消すことはでない。

(1) 訴外会社は、本件営業譲渡契約締結当時、既に不渡手形を出して事実上倒産していたのみならず、運収が会社に入金されず、運転手が直接運収を給与として取得する等収益状態が極めて劣悪で、その総債務額は数億を超えており、訴外会社による本件営業は早晩事業閉鎖のやむなきに至ったと予測される。

(2) タクシー事業の譲渡は、道路運送法により、原則として禁止され、認可がなければ譲渡が認められないことになっており、したがって、そもそも本件営業自体に財産的価値を認め得るかも疑問であるし、また、仮にこれを認めるとしても、タクシー事業については、差押入札により公売し、売却金を配当するという手続は到底考えられない。

(3) タクシー一台につき七〇〇万円を基礎とした本件営業譲渡契約における代金は相場以上であって、充分に相当なものである。

(二)  また、本件営業譲渡契約は、本件認可がなされるまではその法的効力が生じていなかったため、被告は、訴外会社の経営を実質的に支配するために、被告の従業員である小栗をその代表者に送り込むなどして訴外会社の役員を被告側で固めたり、営業の売上金を小栗の個人名義の預金口座に入金せしめたりしたことはあるが、被告は、昭和五一年、その商号を「三和交通株式会社」と変更して以来一貫して「三和交通株式会社」の商号を使用しており、訴外会社の商号を続用した事実は全くないので、商法二六条一項に基づく原告の予備的請求は失当である。

三、争点

1. 本件営業譲渡契約は詐害行為として取り消し得るものであったか。

(一)  詐害性があるか。

(二)  通謀的害意が認められるか。

2. 本件営業譲渡契約締結時から本件認可までの間、被告は訴外会社の商号を続用したか。

第三、争点に対する判断

一、争点1について

証拠により認められる左記事実を総合すると、本件全証拠によっても本件営業譲渡行為が詐害行為として取り消し得るものであったとは認めるに足りない。

1. タクシー営業は、かつては、これが法的規制に守られた利権であったことから、その譲渡がなされる場合、保有する自動車一台当たり、ピーク時においては一〇〇〇万円近い代金をもって計算されたこともあったが(所謂ナンバー権)、規制が緩和され増車の認可や新規免許を受けることが容易になってからはかかる算定方法は次第に採られなくなり、昭和六二年当時においては、純資産評価に、乗務員を募集して養成する費用として自動車一台当たり一二〇万円位を上乗せした形での計算がなされるのが一般的になっており、そのころにおける純資産を含まないタクシー営業そのものの譲渡代金として、一台当たり七〇〇万円というのは、客観的には当時の相場に比して極めて高値であると認められる(乙一四、証人二村、同小栗)。

2. 被告が右のような価額で本件営業を訴外会社から譲り受けたのは、当時訴外会社の代表者であった関谷秀一から、「訴外会社は、放漫経営の結果二、三億円の負債を抱えてしまっているので、本件営業を譲渡したうえ、その代金によってこれらの負債を返済したい。」旨申し込まれ、また、被告としても、当時東京都の二三特別区以外の多摩地域においては、一般に、ナンバー権が、一台当たり五〇〇万円ないし七〇〇万円程度で譲渡されているとの認識を有していたことによる(証人小栗、弁論の全趣旨)。

3. 本件営業譲渡契約に基づく代金は、左記(一)のとおり訴外会社に対し現実に支払われ(乙一、二の1ないし3、証人小栗、弁論の全趣旨)、訴外会社は、左記(二)のとおり右代金を現にその債務の弁済に当てた(乙一一の1ないし3、証人小栗、弁論の全趣旨)。

(一)  昭和六二年三月三〇日 一億円

同年四月一六日 二〇〇〇万円

同年四月二一日 一億三二〇〇万円

(二)  借入金の元本返済 一億八八三八万五六〇〇円

借入金の利息支払 三五三九万一三七二円

未払金の支払 一六八九万九二四七円

未払賃金の支払 五五七万四〇二〇円

手数料の支払 二六三〇万三二〇〇円

雑費の支払 四三万四九二〇円

4. 本件営業譲渡契約締結後、本件認可申請をしたり本件認可を受けたりしたのが遅れたのは、訴外会社がかねてから東京都条例の定める条件を満たす「車庫」を確保・設置せずに本件営業を営んでいたために、被告としては、これを充足する新しい土地の購入を図ったり、訴外会社の営業について八王子市が東京都条例に定める条件を満たさないものを「車庫」として長年黙認してきたことを理由として、八王子市当局と交渉して、これを「車庫」として確認してもらったりしていたからである(乙五ないし七、証人小栗、弁論の全趣旨)。

5. 訴外会社の商号は、前記のとおり、一旦「三和交通株式会社」と変更され、その後「万葉交通株式会社」に復帰されているが、前者については、本件営業譲渡が認可前でその法的効力が生じていなかったため、被告はその従業員である小栗を代表者に送り込むなどその役員を被告側で固めることで訴外会社の経営を実質的に支配したが、その実質的支配を外部に明らかにする一手段として、便宜上、その商号を被告と同一のものに変更したものであり、後者については、昭和六三年一一月一一日になされた本件認可によって、被告自身が本件営業をなし得る状況が完全に整ったため、もはや訴外会社について被告と同一の商号を使用する必要性がなくなったことに基づき、これを本来の旧商号に復帰したものである(証人小栗)。

6. 本件営業自体に財産性がないとはいえないものの、そもそも一般に「営業」が、それ自体法律上独自に民事執行の対象となることはないのに加え、本件営業の譲渡については、道路運送法により、本件営業をなすにつき、新たに免許を与える際と同様の、「輸送需要と供給輸送力の均衡、自ら適確に事業を遂行するに足る能力と計画の存在等についての審査」を受けたうえ、これに基づく運輸大臣の認可を得なければ効力が生じないものとされており(旧三九条)、その対価についても、陸運行政上、不当な高値を制限する方向での取扱いがなされていること(甲七、八、乙一、証人小栗、弁論の全趣旨)、本件営業譲渡契約当時、訴外会社は、不渡手形を出して事実上倒産状態に陥っており(甲一、二の1ないし3、三、四の1、2)、本件営業にかかせない車庫等の用地も第三者名義に移転され(甲九ないし一四、証人小栗)、総負債額は四、五億円以上にも及び(証人小栗、弁論の全趣旨)、運収もそのまま会社に入金されず運転手が運収の一部を給与として直接取得するような状態にあったこと(証人小栗、弁論の全趣旨)に照らせば、一般債権者にとっての共同担保としての本件営業の資産性は必ずしも高いものではなかった。

7. 本件全証拠によっても、「被告が、訴外会社と共謀し、他の債権者を害して、訴外会社において費消する、又は、ある債権者のみの弁済の資金に供する等の目的の下、本件営業譲渡契約をなした。」との事実は到底認められない。

二、争点2について

証拠(証人小栗、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、本件営業譲渡契約締結後本件認可がなされるまでの間本件営業についての実質的支配が被告によってなされていたことは認められ、この間本件営業により生ずる利益を専ら被告において収受していた点が問題となる可能性があることはともかくとして、この段階では本件営業譲渡契約に基づく給付行為は未だ完了しておらず、被告が訴外会社の商号を自らの商号として続用したとの事実は到底認められない(甲二一、弁論の全趣旨)から、本件は、商法二六条がその適用を予定している場合には当たらないといわざるを得ない。尚、前記のとおり、昭和六二年一一月四日から同六三年一一月一一日までの間、被告と訴外会社の商号が一致したことがあるが、これは、訴外会社が本件営業譲渡契約締結から七か月余り後になってその商号を変更したことに基づくものであって、これをもって本件営業譲渡に当たり被告が訴外会社の商号を続用したことになるとは到底評価できるものではない。

三、よって、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川口代志子)

〈以下省略〉

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